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水戸地方裁判所土浦支部 昭和39年(わ)172号 判決 1965年4月05日

被告人 堀口正幸

昭七・四・二五生 販売外交員

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中九〇日を右本刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、本籍地の高等小学校卒業後、土地の下駄加工所に約一〇年位通勤したうえ、自立して暫らく下駄加工職を営んでいたが、斯業の前途にみきりをつけたので、三年間にして廃業し、同地の衣料品販売会社の外交員として稼働していたところ、かねて茨城県北相馬郡取手町においてヤクルト販売業を営んでいた実兄瀧太郎(当四〇才)から家業の手伝方を懇請されたので、昭和三八年五月頃から右取手方に転居し、ヤクルト販売外交の業に従事するに至り、同年八月下旬には、同人の配意で、妻佐代子(当二六才)を迎え肩書住居に世帯を構えている者であるが、右瀧太郎の経営するヤクルト取手営業所は、取手町全域におけるヤクルトの需給を一手に行うもので、被告人を含め約二一名の従業員を擁し、各従業員は受持区域を分担し(この場合各従業員宅を配達所と称する)、ヤクルトの需要家に対し、毎日定時にヤクルトを配達すると共に、毎月下旬から翌月上旬の間には、受持区域内の集金業務をも担当する仕組で、戸数合計約千五百戸、一日配達本数合計約三千本の需要に応じているものであるところ、被告人を除く他の従業員は、いずれも女子であり、しかも多くは主婦の兼業に係るものであるところから、専業の販売外交員であり、経営者の実弟にあたる被告人の稼働量は、他の従業員のそれに比して重大で同町の寺原、本郷、成沖、小文間等の各部落を受取区域とし、戸数合計約百五十戸、一日配達本数約三百本をかぞえるほかに、各配達所に対し、翌日他の従業員が配達すべきヤクルトを予め配送する業務をも負担することとなり、このためバイクを貸与されるとはいえ、昼食時および仕事の転換時にとる休息時間を除いては、始業から終業までの余暇を生ずる余地は殆んどなく、その労働密度はかなり高く、各仕事に応ずる労働時間の配分につき適切に留意しなくては、その仕事全部を完成することは困難であつたのに、被告人は昭和三九年八月頃から、配達先において、湯茶の接待をうけるや、漫然雑談して時間を空費し、当日の仕事全部を完成できないと知るや、前記受持区域中、遠隔地にあたり、午後配達予定の小文間部落への配達を廃し、配達すべきクヤルトを路傍の児童らに無償で与え、またはその内容物を川に廃棄して空壜だけを営業所に持ち返り、あたかも配達を了したように装つていたものであるが、この情を知らない瀧太郎から、集金業務の懈怠として叱責されたにもかかわらずこれを改めなかつたので、遂に同人から被告人に支給する月給二万七千円は、その受持区域の当月分集金より支給することとし、その引当分は最終の集金分から順次充当する旨定められた結果、配達および集金の業務を懈怠すれば、直ちに自己の月給の遅払または一部払を招来する仕儀に至つたものの、被告人はなをも集金業務に精励しなかつたばかりでなく、怠惰による欠配を続けたため、同年九月分頃からの月給引当分は、二万円にみたず、しかも兄から集金方の督励をしばしばうけ、苦境にたつたものであるが、遂に同年十二月初旬頃に至るや、一一月分の集金中、瀧太郎に納入すべき金額さえ完納するに至らず、同人から厳しく納入方を追及され、また妻佐代子からも家賃、月賦代金等の支払および生計費の催促を受け、そのうえその頃同女の出産を目前に控え、これが費用の捻出に腐心していたところ、同月五日午後八時二〇分頃、配達所へのヤクルト配送のため、バイクを運転して取手町桑原地内の通称一級国道六号線路上にさしかかつた際、たまたまバスに乗り遅れたため、単身徒歩で婦宅中の会社員K(昭和四年六月一日生)の姿を認めるや、同女がハイヒールを穿き、手提袋を持ち、小綺麗に洋装していることから、勤め婦りで金員を所持する女性と思い、同女が前記国道から往来の少い脇道に行く者であれば、これを襲つて所持金を強奪しようと考えつき、その動静を窺ううち、同女がまもなく前記国道から桑原中坪部落に南下する耕地の中の一本道(巾約四メートルの小石まじりの町道)へ右折するのを望見するやこの際、先廻りして同女を待ち伏せ、金員を強奪しようと決意し、直ちにバイクを国道脇に立てかけておき、畑の中を横切つて先廻りし、前記町道を北に向かい、同女と対向するように位置し、前記国道分岐点南方約二百メートルの地点において、同女とすれ違うふうを装いながら近寄り、折柄の暗夜をハイヒール穿きで砂礫道を歩くため足許に気をとられていた同女に対し、やにわに作業用白綿手袋(昭和四〇年押第四号の一)をはめた両手でその首を締めながら、「金を出せ」「ここぢや人通りが多いからこつちへこい」などと申向け、その反抗を抑圧し、附近の畑中に連れこんで金員を強取しようとしたが、その際同女の姿態にふれてにわかに劣情を催すと共に、同女を強いて姦淫すれば、同女において強姦の被害をうけたことを秘匿する結果、強盗の被害を蒙つた事実をもあわせて隠秘するか、または少くとも各被害の申告をちゆうちよするものと思惟し、ここに同女を強姦したうえ、その所持金を強取しようと決意し、同女の首を手で強く締めつけたまま、これを引ずるようにして同所から西方約七四メートルの白菜畑(福田弘所有の取手町大字桑原字三升蒔八六四番地藉)に連れこみ、同所において、両手で同女の首を強く締めながら「声を出したらこれだぞ」などと申し向け、暗に抵抗を続けるときは、殺害しかねない気勢と態度を示して脅迫し、もつてその反抗を抑圧したうえ、その場に仰向けに押し倒し、その下着を脱ぎとりその上に乗りかかつて同女を強いて姦淫しようとしたが、陰茎が勃起しなかつたためと、同女の機転に油断した隙に同女が逃走したため、強姦の目的を遂げず、さらに同女が逃走したため発覚をおそれて自らもその場から逃走し、金員強取の目的を遂げなかつたものであるが、その際右各暴行により、同女に対し全治まで約五日間を要する前頸部・前胸部各擦過傷の傷害を与えたものである。

(証拠の標目)(略)

(擬律についての判断)

強盗の現場において、または強盗の機会を利用して、強姦行為の実行に着手し、これを遂げない場合には、強盗強姦未遂罪(刑法第二四三条、第二四一条前段)を構成することはいうまでもなく、右罪は強盗罪と強姦罪とのいわゆる結合犯に属するものと解すべきところ、その際傷害の結果を生じた場合の擬律については、これをもなお強盗強姦未遂罪の一罪にあたるものと解する説(これを仮りに一罪説という)と、この場合には強盗強姦未遂罪のほか強盗致傷または強姦致傷の各罪名にも触れるものとする説(これを仮りに観念的競合説という)とがある。思うに右両説の対立は、強盗強姦罪の罪質(刑法第一八一条および第二四〇条前段・後段の各犯罪とは別個独立に、同法第二四一条前段、後段の犯罪を規定した所以のもの)を強調するか、あるいは刑の均衡を重視する立場を採るかの相違であろう。しかし一罪説に立脚しても、不当に刑の不均衡を来たすような擬律をすることは、却つて立法の趣旨を遠ざかるものというべく、他方観念的競合説を採るとしても、些細の刑の不均衡をも是正すべく、結合犯の本質をなみするまでの解釈態度をもつて臨むことは到底賛成できない。

この点に関し、わが刑法は、強盗強姦罪(刑法第二四一条前段)については、その際傷害の結果を生じた場合を特に明定していないことは、致傷の結果をも含んで、単に強盗強姦罪の一罪として処断すべきものと解する一論拠であるけれども、他面強姦行為(既・未遂を問わず)に際し、傷害の結果を生じた場合を強姦致傷罪(第一八一条)として強姦罪(第一七七条)から区別し、また強盗罪(第二三六条)と強盗致傷罪(第二四〇条前段)とを別個に規定していることを併せ考えると、強盗にして強姦行為をなし、傷害の結果を生じさせた者に対しては、強盗の際致傷の結果を生じさせた者または強姦の際致傷の結果を生じさせた者の負うべき刑責と対比して処断すべきである。従つて強盗にして強姦行為の実行に着手したがこれを遂げなかつたものの、その際、傷害の結果を生じさせたものに対しては、傷害の結果が専ら強姦に由来する場合は、致傷の点は単に犯罪の情状として考慮すれば足り、その擬律は強盗強姦未遂の一罪をもつてすべきである(前記観念的競合説によれば、一罪説と目せられる従来の判例(大審院昭和八年六月二九日判決刑集一二巻一、二六九頁、昭和一九年一一月二四日判決刑集二三巻二五二頁)は、その具体的事案をみるのに、その際の傷害は、いずれも専ら強姦行為に由来するものであつて、強盗行為自体から生じたものではないのであるから、右判例をもつて一罪説に左袒するものとするのは、正確な類別とはいえない次第であり、また従つて後記のとおり当裁判所のなす擬律は、なんら右判例に抵触するものではないことはいうまでもない。)が、傷害の結果が強盗行為自体と直接の因果関係を保つて発生した場合には、強盗強姦未遂罪のほか、強盗致傷罪にも問擬するのが相当である〔この場合観念的競合説のあるもの(浦和地裁昭和三二年九月二七日判決参照)は、強盗致傷罪における強盗行為と致傷の結果との関連性について、判例の傾向は、致傷の原因行為は、強盗の機会においてなされたものであればたりるとするものであることを強盗強姦未遂致傷の場合にも引用し、該致傷の結果は、必ずしも強盗行為の手段たる暴行等から生じたことを要しないと解するけれども、右判例の傾向は、結果的加重犯に対する刑責の問題であり、これは元来結合犯として立法せられた強盗強姦未遂罪の致傷の問題であつて、前者における法理を後者にたやすく引用するのは適切でないといわなければならない。(なお、これに関連して、強盗致傷罪の成立する範囲が次第に拡張されること自体罪刑法定主義の本旨に照らして、厳格になされなければならないことも考えるべきである。)〕

本件致傷は、判示のとおり強盗行為の手段たる暴行自体によつて生じたものおよび引続いてなされた強姦行為の手段たる暴行によつても発生したものであるから、本件は一個の行為にして強盗致傷と強盗強姦未遂との二個の罪名にふれる場合として処断するのが相当である。

(法律の適用)

被告人の判示所為中、強盗致傷の点は刑法第二四〇条前段に、強盗強姦未遂(強姦の際の致傷を含む)の点は、同法第二四三条、第二四一条前段に該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法第五四条第一項、前段、第一〇条により重い強盗致傷罪の刑によつて処断すべく、所定刑中有期懲役刑を選択し、情状に憫諒すべきものがあるので、同法第六六条第七一条第六八条第三号により酌量減軽をした刑期範囲内において、被告人を懲役四年に処し、同法第二一条により未決勾留日数中九〇日を右本刑に算入する。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 田上輝彦 荒井徳次郎 薦田茂正)

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